おはようございます、
小原綾子です(^^)
昨日も朝から、POIFULをふた袋も開けてしまいました。。
さすがに、シュガーハイで頭痛がしました。笑

 

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是非お越しくださ~い!!

 

 

今日は頂いたメールへのお返事です♡

 

私は、美容関係の仕事に就いているのですが、
美容業界の、美に関する考え方って「すごく前時代的で遅れてる」と思うことが多々あります。

それは「努力していないから、ブスなのだ」という考え方。

 

美人はみんな努力している。
美女は一日にして成らず。

 

それは美しくなりたい女性を勇気づける考え方として、もはや一般常識となりました。

でも、それゆえに「美人ではない→努力してない→自己責任→責められても仕方ない」と考える人が、あまりにも多いと感じるのです。

本来、勇気づけるための言葉が、いまや凶器になっているように見受けられます。

 
凶器というのは、言う側(美人は実力なんだから見下してもいい)も、受け取る側(ブスな私は努力ができていないダメな人だ)も、
どちらも存在するから、そう思うのかもしれません。
私のクライアントさんのほとんどが後者で、
「努力が足りてない」と思い込み、拒食症などの過度な症状に至っています。

つまり、「ご自愛」と間逆の方向に美容を捉えています。
かくいう私も「努力美人」の部類ですので、よくわかるんです。

頑張ったぶんだけ綺麗になる喜びも、
もっと頑張らなきゃという焦りも、
天井を知ったときの絶望感も。

ブスが「美人はみんな努力している」のを知らないんじゃなく、
美人が「ブスも努力している、努力の途中段階の人だっている、ものすごい努力をしてやっと”そこそこ”まで来た人だっている」
のを知らないのです。
そして、綾子さんなら、そのようなクライアントさんたちに
どんな言葉をかけますか?

私も、正直行き詰まっています…。
私から「あなたは十分美しい」と言っても、
自分で自分を否定している彼女たちは信じません。
私がこの仕事を選んだのは、綺麗になることを楽しんでもらいたい、喜んでもらいたい、その一心です。
今も変わりません。

どうか、彼女たちに「ご自愛」をどう伝えるか、綾子さんのアドバイスをいただきたいです!!

 


メッセージありがとうございます♡
わたしも丁度いま、
自分の中の「ブス・美人論」が進化中でしたので、
ナイスなご質問だなと思いました!

やっぱりね、自分をブスだと思っている人っていうのは、
「自分の好きな自分」じゃないからだと思います。
「こうなりたい!」じゃなくて
「どうなったら(美人だと)認めてもらえるの?」みたいな感じ。
世間からは美人に見えたとしても、
自分が自分を美人だと思えないのであれば、
その努力には何の意味もないと思う。

というか、事実そうなんですよね。
なんでもそうですけど、
「頑張る方向」を間違っちゃうと、
どんどん深みにハマってしまうんですよね。

そして時に、その努力が病になったりします。

目の前にいる人が「頑張る努力の方向性」を間違っているとして、
もしその人に「どうしたらいいですか」と相談されたとしなら。。

わたしならもっと、
その人の「こうなりたい」を細かく聞いてあげたくなっちゃうかもしれません。
「きれいになりたい!」というなら、
「例えばどんな顔のこと?」って。
目のカタチ(上がってるが下がってるか)、
鼻の高さ、
顔のカタチ、
あるいは皮膚の触感イメージとか。


これはわたしが毎日、心がけてきたことでもあります。

で、多くの方にヘアメイクのアドバイスもさせて頂いてきた中で、
ほとんどの方が自分の「こうなりたい!」を「知らない」ってことを知ったんですよね。
それがわたしには衝撃的で、
「きれい」には沢山の種類があるのに、
どうして「どれでもいいから」みたいな言い方をするの?

って思っていましたし、
今も思っていますよ。笑

 

 

で、もうひとつは、このご質問者様ご自身のことになるのですが、
お客様であれ友人であれ、
「この人(の考え方)を何とかしてあげたい!」
「助けてあげたい!」
っていうのは結局、
それも「自分のため」である、というのがわたしの考え方です。
「この人を何とかしてあげたい!」
「助けたい!」
という気持ちが切なく感じられるものほど、
実際には自分の中のどこかが、
「助けて!」って言っているはずなのです。
拒食症やうつ病の人に「してあげられること」があるとすれば、
「どうにかしようとしないこと」
じゃないかな。

「その人自身のご自愛を信じる」というか。

それと同時に、
もしその人をみて、
「もっと自分を大切にすればいいのに」
と思うなら、
そっくりそのまま自分を振り返ります。
で、これは本当に不思議なんですけど、
自分が自分を大切に扱いながら過ごしていると、
自分の周りには同じように「自分を大切にしている人」が増えていきます。

 

それは時に、
「どうにかしてあげたい!と思っていた人」との別離につながることもあるのですが、
もしそうなったとしても、
「それはわたしのせいじゃなく、彼女自身が産前の選択をしただけだ」って、
思うようにしています。笑

 

わたしから離れる人がいたとしたら、
それはその人の選択。「その人なりの幸せ」の選択だからね。

 

で、もしいつかご縁がつながるときがあるなら、
その時をまた大切にすればいいと思うのですよね(^^)

 

 
そんな風に思えるようになったのはやっぱり、
「今に全力を尽くす」っていうのを意識するようになってからですかね。

 

「わたしがここまでやっても、何も響かないなら、まぁ、いっか」
って思えるところまでやると、
本当に「まぁ、いっか」ってなります。笑
わたしは人よりちょっと無神経なところがあるみたいなんですけど、
それでもわたしなりにはいつでも、どんなときでも、
全ての思いやりを総動員してるんですね。

 

で、それでも旦那さんにはよく叱られるんですけど・笑、
なんかもう、しょうがないのかなって思うだけです。

 

「わたしだって頑張ってるのに!」って最初は怒ったり泣いたりしていたのですが、
そのうち、諦めがついたんですよ。

 

「わたしの全力は、この人にとってはそれでも何かが足りないと感じるようだ」
って、理解したんですよね。
で、それって別に「わたしがダメ」ってことじゃなくて、
彼の「自分ならこうする」っていうレベルが違うんですよね。

 

で、そういう感覚的なところを受け容れちゃったら、
「君は本当に気が利かないな~」
って言われても、以前ほど胸が痛まなくなったんですね。笑
多分あれです、小さい子っていくら頑張っても大人みたいになんでも、
キッチリできないじゃないですか?でも、本人は全力だしてやってるじゃないですか。
でも、それでも「大人の求めるレベル」っていうのは、
子供たちには想像できない領域のものなんですよね。

 

多分、わたしも主人もそんな関係なんだと思います。笑

 
もちろん、「やっぱり君に任せるとこうなったか。。」ってガッカリされるときはそれなりにくさくさしますけど、
最近は「別に最初から期待してなかったから、いいよ」って言われると、
「なーんだ、よかった♡」
って思えるようになったんですよね。笑 すごく楽になりました。

 

 
人は、「求めること」をやめないんだそうです。
でも、その求める先が「自分以外の誰か」であるうちって、
本当に切なくて苦しい想いをすることが多いと思いように思うんですよね!
「誰かに何かをしてあげたいとき」は、
「自分が自分に何かをしてもらいたいとき」
というのが、わたしの持論とする「ご自愛法則」です(^^)
人を思い遣るように、
ご自身を思い遣っているうちにきっと、
目の前に現れる「悩める人達」にも変化が訪れますからね♡

 

本日もお読みくださり、
本当にありがとうございます(^^)

今日もあなた♡に、
最高に素敵なことが沢山起こりますように♡

 

 

ご自愛ライフスタイル研究室
小原綾子♡
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